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第三テーマ館 群馬の山と渓谷
尾瀬関連書籍ガイド
人もシカも入山規制の時代
準 備 中
尾瀬のここ百年の歴史をたどることは、そのまま環境保護運動の歴史をたどることでもあります。
まだ日本に「環境保護」などという概念がない時代に、今の長蔵小屋を開いた平野長蔵は、
尾瀬の美しい自然を守るために、まずヒメマスの養殖という漁業権の主張からはじめました。
戦争や近代工業社会の発展にともない電力需要はどんどん高まり、水力発電の巨大貯水源として、
尾瀬という広大な土地は絶えず電力会社から、開発の中心として注目されつづけてきました。
長蔵がそうした開発の圧力から尾瀬を守ろうとした気概は、
やがて尾瀬の自然生態系を調査にきた多くの著名な研究者たちをまきこみ、
長蔵自身もそうした研究者から自然保護の思想や方法を学び、
全国に先駆けた数々の経験を積み重ねてきたことで、現代にまで至っています。
今でこそ、あたりまえのように主張される環境保護ですが、
自らの立場を主張する言葉を発することのない自然を
人間がいかに代弁して保護するようになったのか。
まだまだ私たちはこのことを学び続けなければならないと思います。
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尾瀬を守る 自然保護運動25年の歩み
尾瀬の自然を守る会 編 上毛文庫(1997/12)
宮澤邦一郎 尾瀬100年 −登山と自然保護−
煥乎堂 (1996/05) 定価 本体2,524円+税
本来であれば、尾瀬を語るときにまずこの本を読んでもらいたいようなものであるにもかかわらず、もう本書は手に入れにくくなってしまいました。
尾瀬登山のはじまりや歴史、水力発電と尾瀬の長い闘いの経緯、
武田久吉をはじめとする尾瀬の保護と調査活動の歴史など、
第一級の史料がここにまとまられています。
菊地 慶四郎 尾瀬 アヤメ平の40年
上毛新聞社(2004/04) 定価 本体1,810円+税
堀 正一 尾瀬の湿原をさぐる[そのおいたちと植物]
築地書館(1973/06) 定価 本体980円+税
堀 正一 尾瀬 私の手帖から
上毛新聞社(1979/02) 定価 本体980円+税
波戸場秀幸 編著 尾瀬の足あと 尾瀬歴史年表
煥乎堂(1984/06) 定価 本体1,800円+税
波戸場秀幸 著 尾瀬の書物(ほん) −尾瀬関係文献図書目録−
煥乎堂(1986/06) 定価 本体2,500円+税
平野長靖 著 尾瀬に死す
新潮社(1972/06) 絶版 (それほど入手難な古書ではありません)
長蔵小屋の名で知れる平野長蔵は著者の祖父にあたる。日本最高の植物学者である牧野富太郎が駒草の花を大量に採ってきたとき怒鳴り叱
ったという、漢学者風の気骨の士であったのに対し、著者の父は、万葉を愛し、アララギ派の歌人や藤村も読み、トルストイやドストエフスキーまで
読もうとした、祖父から見れば軟弱な青年であったとのこと。
そんな家庭に育った著者が、京都大学を卒業後、北海道新聞社に勤めるが、やがて長蔵小屋を継ぐべく尾瀬に戻ってくる。
本書はそんな著者の学生時代から尾瀬に暮らすようになり、36歳の若さで逝ってしまうまでの短い間に残された文をまとめたもの。
現代からみると、学生運動全盛時代に育った著者や山男たちのイメージが遠い存在のようにみえますが、そうした時代の気概が山の文化を育て
てきた雰囲気が文章にただよっています。
また、長蔵小屋の設立当初から尾瀬は、夏場の数ヶ月に来訪者が集中し、オーバーユースとゴミ問題をすでに抱えていたことがわかります。
児童書ですが『尾瀬をまもる人びと 長蔵小屋の三代』後藤充著 大日本図書(1995)もおすすめ。
武田久吉 著 尾瀬と鬼怒沼
平凡社(1996/03) 定価 本体971円+税
尾瀬の自然保護の歴史を振り返ったときに、まず第一にあげなければならない研究者は、おそらくこの武田久吉であると思います。
平野長蔵との出会いとともに、まだ「環境保護」という概念の定着していない時代に、ねばり強くその貴重な生態調査を続けてその保護の意味を
世に訴えかけた功績は大きい。
かつて古本屋でこの本は名著ゆえどこへいっても、川崎隆章の『尾瀬と檜枝岐』とともに、かなりいい値段で出まわっていたもので、いつかは欲
しいなあ、なんて思っていたのですが、平凡社ライブラリーのシリーズで1,000円ほどで買えるようになってしまった。
現物をまだ見たことありませんが、もうひとつの代表作『尾瀬と日光』(1941年)は以下のような構成になっています。
武田久吉「序にかえて」、川崎隆章「奥日光概説」、安斎徹「尾瀬・南会津・日光の山岳地形」、大塚昌弥「奥日光の地質」、武田久吉「日光山の
瀑布」、館脇操「尾瀬地方の植物」、安達成之「尾瀬の科学」、柳田国男「南会津に於ける高倉御旧跡」、木暮理太郎「尾瀬の昔と今」、武田久吉
「勝道上人と日光の開山」、金子総平「尾瀬中心の山村民俗雑記」、平野長英「尾瀬の四季」、矢島市郎「尾瀬・日光案内」、武田久吉「日光・尾
瀬雑筆」、安達成之「尾瀬の発電計画」、武田久吉「再燃の尾瀬ヶ原貯水池問題」
川崎隆章 著 尾瀬と檜枝岐
那珂書店 (1943/02) 定価 10円 704ページ その後、木耳社より復刻
平野長蔵にはじまり、武田久吉やこの川崎隆章が活躍した戦争中の10数年間は、尾瀬自然保護運動の一つの頂点を形勢した時期であった。の
みならず、ここに関係した人物が戦後の【尾瀬保存期成同盟】を結成したと、『尾瀬100年』を書いた宮澤邦一郎氏はいう。
川崎隆章「尾瀬の研究・科学」、鏑木外岐雄「尾瀬と檜枝岐」、広瀬潔「尾瀬を紹介した人と文」、田中阿歌麿「尾瀬沼の科学」、安達成之「尾瀬旧
記・尾瀬の真価」、安達成之「尾瀬ヶ原の竜宮」、沼田中学校「沼田中学校の尾瀬教室」、館脇操「尾瀬をめぐりて」、末野悌六「尾瀬地方の地
質」、中野治房「尾瀬沼及び尾瀬ヶ原に於ける植物生態学的調査」、鏑木外岐雄「尾瀬の動物相」、星大吉「至仏山の研究」、星大吉「明治20年
頃の尾瀬の状況」、星大吉「尾瀬特産植物」、星大吉「尾瀬珍奇植物」、三田幸夫「銀山平より会津の山旅」、中側善之助「桃源郷檜枝岐村」
『山の憶い出』上・下
龍星閣(1939/6) 絶版
木暮理太郎は、1873年(明治6年)12月7日に群馬県太田市寺井に生まれた。
1889年(明治22年)、東京・文京区の郁文舘中学に入学、卒業後、宮城県仙台の第二高校に進学した。入学した同94年9月、利根水源探検の後
を追って、尾瀬に入った。1899年(明治32年)、東京大学哲学・史学科に入学したが、卒業していない。
本格的登山は、同96年、針木峠を越え、立山に行ったのがはじめてであった。その後、日本アルプス、秩父山系など関東・中部地方の山々を踏
破した。1907年(明治40年)、文京区に住み、東京市史編纂室嘱託に就いてから、武田久吉と交際が始まった。武田の「追悼文」(「憶い出の山
旅」『霧の旅』木暮家文書)によると、年齢差を感じさせない気さくな理太郎と気が合ったと想像される。1935年(昭和10年)、日本山岳会第三代会
長に就任した。そして、1944年5月7日、逝去した。
宮澤邦一郎『尾瀬100年』煥乎堂より
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大月書店(1987/06) 定価 本体1,748円+税
どうする山のトイレ・ゴミ
オーバーユースと登山者の課題
日本勤労者山岳連盟 編
大月書店(2002/06) 定価 本体1,800円+税
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白旗史朗 著 定本 尾瀬 その美しき自然
新日本出版社(2002/06) 定価 本体2,700円+税 |
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日本カメラ社(2002/03) 定価 本体5000円+税
大橋俊夫 写真 尾瀬 −空・水・光
日貿出版 定価 本体2,500円+税
大橋さんは、オリンピックなど数多くの国際スポーツイベントを取材した、高崎出身の元報道カメラマンです。
尾瀬ヶ原下ノ大堀の自然 菊嶌郁俊写真集
朝日新聞社(2004/08) 4,600円
尾瀬撮影ガイド 美しい尾瀬を撮る・尾瀬を歩く
花畑日尚/写真・文 ニューズ出版(2005/06) 1,429円
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文・波戸場秀幸 きりえ・田の内栄一
煥乎堂 (1990/07) 定価 本体2,427円+税
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近藤篤弘・近藤陽子 尾瀬の自然 尾瀬の植物200種 |
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成美堂出版 (2000/03) 定価 本体1,200円+税
この種のポケット図鑑は、いかにコンパクトにまとめられているかが命の本。
成美堂の方は植物図鑑として凝縮した文庫版で、340g。山と渓谷社の方は、植物に限定せず動物類まで含めて簡潔にまちめて170g。
結局、良い辞典の定義と同じく、良い図鑑とは、いつも手元にあるものというにつきる。
山旅の途中、ザックから取り出すなんて面倒なことせず、いつでもポケットから取り出せるものが一番いい。
『尾瀬 自然観察ガイド』
山と渓谷社 定価 本体857円+税
新・尾瀬の植物図鑑
写真 新井幸人 解説 里見哲夫
偕成社(2001/04) 定価 本体1,400円+税)
尾瀬の花 探索ウォークガイド
写真/文 久保田修
ネイチャーネットワーク (2004/05) 定価 本体952円+税)
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新潮社(1993/05) 定価 本体1,500円+税
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上毛新聞社(2002/11) 定価 本体1715円+税
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尾瀬の森を知る ナチュラリスト講座 知られざる南尾瀬の大自然 |
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高田研一(NPO法人森林再生支援センター) 監修 東京電力
山と渓谷社(2006/05) 定価 本体1,800円+税 |
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このたび日光国立公園から尾瀬が独立しました。
地元ではさらに、尾瀬を世界遺産に登録されることを望む声も多くあります。
しかし、世界遺産への登録が世界各地の事例を見る限り、必ずしも真の歴史遺産保護のために成功していると
は言い難い面もあります。
最近、片品村で地域作りについてのフォーラムがあり、全国から様々な実践経験をもつ活動家たちがあつまり、
せっかく片品という地で開かれたのだから、もっと尾瀬について語ろうとの提起がされことがありました。
ところが、いざ蓋をあけてみると、観光のために自然保護といかに折り合いをつけるかといった話や、ある老人か
らは、尾瀬についてはすでにもう研究されつくされているし、語りつくされてもいる、などという意見が出たかと思え
ば、地元の高校生からは、地元のことなのに地元の人が尾瀬についてなにも知らない、などという意見が出たりも
していました。
それぞれの意見が、群馬という地元ではよく耳にする意見です。
ここに尾瀬というすばらしい遺産がありながら、今危機に瀕しているその環境をいかに守り育てていくかというこ
とについて、まだなんら基本方向が定まっていない実態をみることができます。
尾瀬については研究されつくされ、語りつくされているかもしれませんが、それが「表現されている」とはとても言
えないのです。
今、わたしたちが、尾瀬の魅力を多くの人々に伝えようとするとき、それは決して、ミズバショウやニッコウキスゲ
だけをより多くの人に見てもらえばよいといったようなものではその真意はとても伝えられないものだと思います。
たしかに何も知らないよりは、まず湿原の姿やミズバショウやニッコウキスゲの群落を実際にみてもらうことが出
発点として必要であることに異論はありませんが、今の現実を考えたとき、そうした姿を日帰り観光のようなかた
ちでより多く何万人ものひとに見てもらえることがはたして尾瀬に対する理解を広めるために役立っているといえる
のでしょうか。
そのこと自体決して間違っているとはいえない面もありますが、わたしはそれではいくら努力を重ねても、瀕死の
自然環境を守るための正しい解決には至れないのではないかと思います。
よく環境保護を語るとき、「自然にやさしい」とか「持続的発展」とかいった表現が使われますが、この言葉はとて
も誤解をまねきやすい表現であると思います。
この言葉にはどうしても、環境に対する人間の負荷をいかに減らすか、というニュアンスが強く、そもそも自然そ
のものの生命力、命の再生産のしくみを復活させるという根本視点が欠けているように見えてなりません。もちろ
ん、危機に瀕した現状では少しでも環境に対する負荷を軽減することは緊急の課題であることに違いないのです
が、人間存在そのものが、大自然の寄生虫ほどの存在でしかないことを考えると、もっと自然そのものの本来の
生命力を取り戻すことを第一に考えて生態系全体を見る視点を欠かさないようにしなければならないものと考えま
す。
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